警察庁は9月14日、「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律施行令の一部を改正する政令案」等に対する意見の募集について──として、風営法2条4号(ダンスホール)にかかわる「ダンスを教授する者」の講習団体を拡大・緩和する施行令の改正案を示し、意見(パブリックコメント)の募集を発表しました。
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=Pcm1010&BID=120120009&OBJCD=&GROUP=

今回の改正案をどう見るのか、Let’s DANCE法律家の会設立準備会代表の中村和雄弁護士が、警察庁に送付した意見を以下に転載します。
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「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律施行令の一部を改正する政令案」等に対する意見
2012年10月13日
Let’s DANCE 法律家の会設立準備会代表
弁護士 中 村 和 雄

1 はじめに

 風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下「風営法」)は、第2条第1項第4号に「ダンスホールその他設備を設けて客にダンスをさせる営業」を風俗営業として掲げる一方、「客にダンスを教授するための営業のうちダンスを教授する者(政令で定めるダンスの教授に関する講習を受けその課程を修了した者その他ダンスを正規に教授する能力を有する者として政令で定めるものに限る。)が客にダンスをさせる営業」を風俗営業から除外している。
 御庁の今回改正案は、ダンスの教授に関する講習の実施主体及び国家公安委員会に推薦する主体について、これまで「社団法人全日本ダンス協会連合会」と「財団法人日本ボールルームダンス連盟」に限定されていたものを、風営法施行令及び同規則を改正し、「ダンスの教授に関する講習の実施に関する業務を適正かつ確実に実施できると認められる法人」などに改めようとするものである。

2 本改正の背景

 本改正案は、これまで2団体しか講習実施主体として認められていなかった現行法令を改正し、より多くの講習実施主体を認定しようとするものである。
これは、以下に述べるような「ダンス規制」に根本的問題が存することから、これまで長年にわたって改善を求めてきたダンス関係者の要望や、本年5月より開始された「ダンス規制」撤廃を求める署名活動(Let’sDANCE署名)が、すでに7万9000筆を超え、大きな世論となっていることから、一定の改善に踏み切らざるを得なかったものであり、改正案内容の当否はさておき、一定の改善を行うこと自体はかかる意味合いにおいて評価できるものである。

3 根本的問題点

 ただ、本改正案は、(施行令及び規則の改正なので当然とはいえ)ダンス教室等について、これを「ダンスをさせる営業」として風俗営業とする風営法第2条第1項第4号の「ダンス規制」を温存し、これを前提とする点で、根本的問題点をはらんでいる。
 風営法第2条第1項第1号、同第3号、同第4号は、営業形態の差はあれいずれも「ダンスをさせ」る営業を風俗営業として、規制対象として規定している。
 しかし、そこにいう「ダンス」とは「男女の享楽的雰囲気を過度に醸成させるダンス」と解されているが、いかなるダンスがかかる「ダンス」に該当するのかについては、客観的基準が存在しない。刑罰を伴う法規であるにもかかわらず、通常の判断能力を有する一般人の理解においても、あるダンスが、規制対象となる「ダンス」に該当するかどうかの判断がつかないものであり、上記「ダンス規制」は、明確性の原則(憲法第31条)に反する疑いがある。客観的基準が存しないことは、どの「ダンス」を取り締まればよいかが明確とならず、現場の捜査にも少なからず混乱をもたらしている。
 また、芸術的文化的表現手段の一つとして認められているダンスは、少なくとも現代において、一般的に善良な風俗や清浄な風俗環境、少年の健全育成を害するような危険をはらんでいるとは言えない。にもかかわらず上記のように不明確な基準でしかない「ダンス」を基準にして規制を及ぼそうとすることは、表現の自由(憲法第21条)や営業の自由(憲法第22条)を侵害するおそれすらある。
 他方、仮にダンスを伴う営業が善良な風俗等を害することがあるのであれば、他の個別法規によって対応することが十分に可能なのであるから、「ダンス」を基準にして規制を及ぼす必要性も存しない。
 このような根本的問題点を解決するには、「ダンス規制」を撤廃するしかなく、だからこそ7万9000筆を超えるLet’sDANCE署名が集まっているのである。
よって、本意見書においては、本改正案のように「ダンス規制」を温存するのでなく、風営法第2条第1項第1号、同第3号、同第4号における「ダンス規制」の撤廃を求めるものである。

4 本改正案自体の問題点

 以上のように本改正案は「ダンス規制」を温存することに根本的問題点があるが、本改正案自体も数々の問題点を有している。本意見書は、第3項に述べた「ダンス規制」撤廃が必要不可欠との立場であるが、本改正案自体の問題点についてもいくつかの指摘を行っておく。

(1)ダンス内容に立ち入った判断であること

 風営法規則改正案第1条の2第2項は、ダンスの教授に関する講習の実施主体を国家公安委員会が指定するためのダンス教授講習についての認定要件を掲げているが、そのなかには講習内容が「必要な技能及び知識の向上を図る上で、適正かつ確実である」と国家公安委員会によって認められることとされている(同条項3号)。
 この規定は、指定を受けようとする団体のダンスについて、何が「必要な技能及び知識」「適正かつ確実」かを、国家公安委員会が判断し認定しようとするものであって、ダンスの内容に踏み込んで判断しようとするものである。
 芸術的文化的表現行為であるダンスについて、国家がその内容に踏み込んで判断することは、ダンスのなかで国家が認めるダンスとそうでないダンスを峻別することを可能とする。認められなかったダンスは、そのダンスを教授する事すら認められないこととなるが、これは自由な芸術的文化的活動を阻害するものである。現行法規の2団体が行うダンスだけでなく、自由な芸術的文化的活動であるダンス一般について、形式的要件でなく、内容にまで立ち入って判断することは、その基準設定も含め困難極まりないものであり、風営法のような弊害防止のための消極目的規制には馴染まない。
 そもそも、ダンス教授にあたって資格を設けるかどうかすら、各ダンス団体の自主的判断に委ねられるべきという問題であるという点も、ここに指摘しておく。

(2)ダンス文化の多様性を阻害しかねないこと

 風営法規則改正案第1条の2第2項は、講習を行う主体が法人であることを前提に(改正案第1条)、上記の認定要件のほかにも、講習実施に必要な「組織及び経理的基盤」(改正案第1条の2第1号イ)、「施設」(同条項1号ロ)の存在を要件とし、講習が「全国的な規模においておおむね毎年1回以上実施される」こと(同条項6号)を要件としている。
 ダンスは自由な芸術的文化的活動であって、日々新しいダンスが生み出されているし、そのような組織的基盤等を有しないダンスもある。
 しかるに、上記規定のように一定の組織基盤等が整わなければダンス教授を行うことができないとなると、新たに生み出されて間もないダンスでそのような組織基盤等を有しないものや、そもそも組織的基盤等を有しないダンスは、合法的にダンス教授を行うことができないことになる。
 これは、組織的基盤等を有しないダンスの教授を事実上禁ずるに等しい。その結果、組織的基盤等を有しないものも含んだ多様なダンスが存することができないことになりかねない。かかる規定はダンス文化の多様性を阻害することにつながるものである。
(3)その他にも、講習実施主体についての過度な規制(改正案第1条の2第1号ニ)、国家公安委員会への報告等の義務(改正案第1条の6)、解任や改善の勧告と指定の取り消し方法(改正案第1条の7、第1条の8、第1条の9)などの問題点があるが、本意見書は「ダンス規制」撤廃が必要不可欠との立場を前提とするので、個別論点への言及は控える。

5 結論

 以上のように、本改正案は「ダンス規制」を前提とする根本的問題点だけでなく、本改正案自体も問題点を有している。
 「ダンス規制」の有する根本的問題点を解決するためには、風営法2条に規定されている「ダンス規制」を撤廃することを求める。
以上